御嶽神社 | |
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武蔵御嶽神社由来 社伝によれば、創建は第十代崇神天皇七年と伝えられ、第十二代景行天皇の御代日本武尊御東征のみぎり、難を白狼の先導によって遁れたといわれ、古くより関東の霊山として信仰されている。 平安時代の延喜式神名帳には、大麻止乃豆天神社(おおまとのつのあまつかみのやしろ)として記さております。 山岳信仰の典隆とともに、中世関東の修験の一大中心として、鎌倉の有力な武将たちの進行を集め、御嶽権現の名で厄除・延命・長寿・子孫繁栄を願う多くの人達の参拝によって栄えました。 天正十八年徳川家康公が関東に封ぜられますと、朱印地三十石を寄進され、慶長十一年大久保石見守長安を普請奉行として社殿を改築、南面だった社殿を東面に改めました。人々の社寺詣が盛んになると共に、世に三御嶽の一つとして、御嶽詣も、武蔵・相模を中心に関東一円に広がり、講も組織され、現在に及んでおります。 明治維新により、御嶽神社の社号となり、更に昭和二十七年武蔵御嶽神社と改めました。 社務所掲示から |
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東京都青梅市の御岳山にある旧府社。祭神は櫛真知命(くしまちのみこと)ほか。安閑天皇または崇神天皇の時代の創立と伝えられる。古くは仏教と習合し蔵王権現・御嶽権現と呼ばれ、火難盗難退除の守護神として崇敬された。 御嶽神社旧本殿 → | ![]() |