真言宗 智山派 薬研堀不動院
薬研不動院
川崎大師東京別院 薬研堀不動尊
大光明童子
御本尊:不動明王
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興教大師の不動尊 当院にお祀りする不動尊・不動明王の尊像は、真言宗中興の祖と仰がれる、興教大師覚鑁上人が自ら刻まれたものである。 遠く崇徳天皇の御代、平安時代も末の保延三年(1137)のことであった。 上人は厄年を無事にすまされた御礼として、四十三歳のおり、不動明王の御姿を一刀三礼して敬刻され、紀州(今の和歌山県)の根来寺に安置された。 覚鑁上人は高野山金剛峯寺の座主であったが、四十六歳のとき、根来寺に移り、真言宗中興の祖と仰がれた。 新義真言宗(真言宗智山派・豊山派)の開祖である。 (薬研堀不動院の始まり) その後の天正十三年(1585)、豊臣秀吉の勢が根来寺を攻めて兵火に遭ったが、根来山の大印僧都は、この尊像を守護して葛籠」に納め、兵火を逃れてはるばる東国に下がってきた。 僧都は、やがて隅田川のほとりに有縁の霊地を定め、そこに堂宇を建立して、この尊像を安置した。 これが現在の当院の開創である。 |