真言宗 智山派 高尾山
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奥の院不動堂 奥の院は不動堂であり江戸初期の建築(都重文)。 不動明王・ニ童子像(都重宝)を祀り、背後には浅間神社も祀られている。 (飯綱大権現) 不動明王の化身。 その本誓は、 (一)向背に火焔を負い、左右の御手に剣と索とを持てるは不動明王の御本誓を現わし、悪魔を退治し、慈悲の智慧を以て種々の煩悩病苦を焼き尽くす、 (ニ)歓喜天の心を抱きて求る所の利益を施す、 (三)鴟啄と羽翼ある鳥の姿は迦楼羅天の飛行自在の徳を表す、 (四)白狐に乗って茶枳尼天の福を授く、 (五)白蛇を頂くは宇賀神の宝珠を、弁財天の愛嬌を与え給う、 の五相合体である。 詳しくは、関東三十六不動霊場ガイドブックをご覧下さいませ。 関東三十六不動札所にてお求め頂けます。 |
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天平十六年(744)行基菩薩は聖武天皇の勅願により、自ら薬師如来の尊像を刻んでこの山に安置し、東国鎮護の霊場として高尾山を開山し、高尾山薬王院有喜寺と名付けた。 弘法大師空海はこの山に巡錫の折、不動明王像を刻んで安置し、大師が一夜を過ごされた岩穴には岩屋大師が祀られた(琵琶滝)。 薬王院飯繩権現堂 八王子市高尾町2177番地 昭和二十七年十一月三日に東京都有形文化財に指定木造入母屋造りの銅板葺きであり、組物、彫刻などは彩色塗りをほどこし、享保(きょうほう)十四年(1729)の建立になるものである。 宝暦三年(1753)の修理を経て来たが、昭和四十年四月より四十三年九月にかけて解体修理を行い、部分的には旧規に戻している。 江戸時代中期の社殿建築として組物・彫刻などに優秀な技術を見せている。すなわち、当時の権現造りとしてはまれに見る 優秀なものである。 昭和二十年八月に重要美術品に認定されている。 東京都教育委員会掲示より |
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